Que tout l'enfer fuie au son de notre voix...
多田武彦がこの曲を書き下ろしたのは『東京に移り住んで 4 年目、江戸情緒に心酔しきった頃』と本人は述べています。この時は『両国』、『こほろぎ』、『雪中の葬列』、『市場所見』の 4 部構成でした。
本人自信作として初演(1960 年)された割にはそれ程評判が良くなかった様で、後に『柑子』を第 3 曲目として追加し、既存の曲にも旋律等に改訂が施されて現在の 5 曲構成の組曲となりました。
1. 両国
両国界隈は江戸の面影を残す大川端で、江戸情緒を懐かしむ新世代の追懐賛美の的でした。この詩にもその様な気分を根底にして粋でいなせな所が在ります。
この様なのどかな情景の中で「なぜか心が乱れてしまう」で締め括っていますが、杢太郎なりの鬱屈の表現なのでしょうか。威勢の良い冒頭の表現とのコントラストが効果的です。
2. こほろぎ
明るく活気に満ちた「両国」から一転、静かな秋の夜の趣を歌った哀愁漂う詩です。詩の大半が 7 + 5、またはそれに近い言葉のリズムを持っています。秋の夜の寂しさは、杢太郎自身の事ではなく、影の人として一人住む女性の身の上の事として歌っているものでしょう。
3. 柑子
描かれているのは杢太郎の故郷である伊東の情景で、詩全体を通して小気味よい七五調のリズムです。
杢太郎少年の前に不意に現れ、からかうように言葉をかけて去って行った少女。はっと我に返った少年の視界には、先ほどと同じ鴎の群れが飛び回っています。
4. 雪中の葬列
明治期の東京における出棺の様子を描いています。無言で近づく葬列の集団。冒頭に聞こえてくるのは鐘の音の他に銅鑼、さらに太鼓の音でしょうか?雪の中、寂寥感を漂わせながら無言の一列は近づいて来て、やがて遠く離れていきます。
5. 市場所見
第一連は大根川岸の青物市場と思われます。年末のある日、杢太郎は青物市場を散策します。第二連は日本橋界隈。「下村の店」とは当時の大丸呉服店東京本店の事。
三連目は兜町・商品取引市場。「七番中一あり」と商人たちの取引符丁のような声が飛び交います。
四連目は兜町・第一国立銀行前の開運橋より海へ、そして青物市場へとめまぐるしく作者の視点は変わります。
そして最後は、冒頭で歌われた「あれは紀の国蜜柑船」と締めくくられます。
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