滋賀男声合唱団

Que tout l'enfer fuie au son de notre voix...




第 1 ステージ
男声合唱組曲「わがふるき日のうた」曲目解説

多田武彦先生(1930-2017)の中期の名作の一つである本組曲は、昭和期を代表する抒情詩人 三好達 治(1900-1964)の数ある詩の中から、第一詩集『測量船』を中心に7編の詩に作曲されたもので、1977 年に明治大学グリークラブによって初演されました。

この詩集『測量船』が発表された 1930 年に、多田先生は大阪に生まれました。同じ大阪生まれでしか も生家がほど近くであったこともあり、早くから達治の詩に触れていたため、1955 年頃には合唱曲の作 曲に取り組まれたが、なかなかうまくまとまらない、という時期があったそうです。20 年ほど後、ふ と達治の詩を読みなおした 45 歳の多田先生は、その後立て続けに達治の詩による 4 つの男声合唱組曲 と、1 つの混声合唱組曲を作曲されました。詩人三好達治が、第 7 曲「雪はふる」を作詩した頃と同年 齢期となり、あふれるように合唱作品集が発表されました。

多田先生の残されたメッセージには、「三好達治先生の詩は、一見静かである。しかし、その落ち着いた表現の奥底に、限りなく力強い心の動きが見られることが多い。作曲に際しては、この奥底の心の 波動をしっかり見定めておかないと、駄作が出来てしまう。」とあります。三好達治ならではの「変わり 目の色彩感」にこだわって作曲された本作を、滋賀男声合唱団としてうまく表現したいと思っています。

この組曲の全体のタイトルは、第 6 曲「鐘鳴りぬ」の結び「あかぬ日のつひの別れぞ わがふるき日 のうた-」から取られています。この詩までの 6 曲は第二次世界大戦さなか 1943 年までのもので、そこ へ多田先生はエピローグ的に、終戦後に書かれた第 7 曲を選んで置きました。まさに詩人と作曲家が同 じ年齢で作品をつくり上げ、思いを共有するポイントになった曲だと感じます。21 世紀になっても戦争 や争いの絶えないこの世の中、プロローグ的な役割を持つ第 1 曲「甃のうへ」で古刹の参道を歩む一人 の影が、出征していた兵が帰還し、「わがふるき日」を思う姿であってほしい、と願います。


1. 甃のうへ

(『測量船』より:1930 年 昭和 5 年刊)

この寺のモデルはなく、架空の寺である。「あわれ花びらながれ」と「うららかの跫音空に ながれ」とは脚韻めいた繰返しで、流動感を漂わせている。「ひとりなる~」のつぶやきは、 一歩一歩狐独を感じながら歩いていく青年期の堪えがたい春愁が、洩らされている。


2. 湖水

(『測量船』より)

この詩は水死者を蔵する湖の無気味な沈黙が主題で、物寂しい湖辺の風景が浮んでくる。詩 人が学生時代に訪れた北陸の片山津の風景を描いたものだという。「誰かがそれを知っている のか」という反語的表現によって、より強く湖中の溺死体を暗示する。


3. Enfance finie (過ぎ去りし幼年時代)

(『測量船』より)

詩人の、子供時代を愛惜する意識を精緻な表現でとらえた詩である。「約束はみんな壊れた ね」で子供時代の夢の崩れたことを強調する。過去の思い出を棄て、大きな川のようにすべて を押し流して過去の生活に訣別しよう。子供時代の過去から脱却して遠い旅に出ようと誘う。 「さあ僕よ」で子供時代をなお愛惜する「哀れな私」との訣別をうながす。


4. 木兎

(『一點鐘』より:1941 年 昭和 16 年刊)

十年前に聞いたのと同じように昔の声で歌っている。十年の月日を思う。こわれた夢の数々、 しかし私は過去と訣別することなく、この木兎のように昔の歌を歌おうとする。この曲が、全 7 曲の中心に置かれている所にこの組曲の面白さがある。


5. 郷愁

(「測量船』より)

「私」は海に近い港町の下宿の一室で、読書に疲れて壁にもたれている。私の幻想は「籬を 越え、午後の街角に」飛び行く蝶の行方を追う。午後 2 時頃の倦怠感の中で海を思い、母を思 う。東京帝国大学仏文学科であった詩人の、フランス語と日本語の繋がりの表現が絶妙である。


6. 鐘鳴りぬ

(『朝菜集」より:1943 年 昭和 18 年刊)

「つねならぬ鐘」は戦いの警鐘であり、ひとたび出征したからは再び生還を期さない覚悟、 それゆえに常の日のごとく、家族らが自分を待ってはならないと戒めて出陣する武士の気概 がある。達治には生来中世の士魂のようなものがあった。


7. 雪はふる

(『砂の砦』より:1946 年 昭和 21 年刊)

海にも野にも行きどころのなくなった詩人は終の栖を雪の中に見出した。帰るべき故郷も なく、過去への追想も許されない絶体絶命の境地に追いつめられた。詩人は、それゆえ過去は 思うまい、ただ「わが肩の上に雪はふる」のを良しとして、その純白無垢の雪に埋もれて死に 絶えたいと願う。辞世にも似た詩境である。


解説 國司友香

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